【日本独特の死生観】仏教伝来以後(昭和時代)

目次

1 昭和時代

昭和時代は、1926年〜1989年までの62年間。 
以下は昭和時代の主な出来事。
  

1926年 大正天皇崩御
1931年 満州事変
1937年 日中戦争
1941年 大東亜戦争
1945年 広島・長崎に米軍による原爆投下,終戦
1945年〜1952年 GHQ による占領

1.1 出生率

1947年〜1949年の第一次ベビーブーム以降は出生率は低下。

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引用:社会実情データ図録 出生率と死亡率の長期推移

1.2 災害

昭和時代に起きた国内の主な地震被害

昭和三陸地震 1933年3月3日 8.1 最大28.7メートルの津波が太平洋岸を襲い、死者・不明3064人
東南海地震 1944年12月7日 7.9 熊野灘などで6~8メートルの津波。死者・不明1223人
南海地震 1946年12月21日 8.0 静岡県から九州の海岸で最大6メートルの津波。死者1330人
チリ地震 1960年5月23日 9.5 24日未明から津波が日本各地に到達。高さ最大6メートルに達し、国内の死者・不明142人、家屋1500軒以上が全壊
日本海中部地震 1983年5月26日 7.7 秋田、青森など全国で死者104人。うち100人が津波で亡くなった
北海道南西沖地震 1993年7月12日 -  

引用:明治以降に起きた国内外の主な津波被害
社会実情データ図録

 

1.3 戦争

第二次世界大戦は、1939年〜1945年までの6年間にもおよぶ世界大戦であった。
この戦争で6000万人〜8000万人の人々が命を落としている。
日本だけでも300万人を超える人々が戦争の犠牲になったのである。そのうち日本軍の戦死者が200万人以上とされている。

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引用:第二次世界大戦の犠牲者

 

1.4 昭和時代の仏教

1.4.1 出来事

1.4.1.1 寺院数

昭和63年当時の寺院数と信徒数
信者数が日本の人口よりも多いのは、複数の宗教、又は、宗派に属する者を含んでいるため。
信者数が一億人を突破したのは昭和25年。これ以降年に1、000万人程度づつ増加傾向にある。
 
下表は、仏教以外の宗教も含んでいる。

神社数 79,631
寺院数 74,725
教会数 31,807
信者数 191,288,507

引用:宗教関連統計に関する資料集

下表は仏教系の各宗派の寺院数と信者数。

仏教系 寺院数 信者数
天台系 4,326 2,936,354
真言系 12,394 15,761,535
浄土系 29,768 19,792,132
禅系 21,038 9,731,926
日蓮系 6,901 36,867,325
奈良仏教系 285 2,398,504
その他 13 78,525
74,725 87,566,301

引用:宗教統計調査結果 昭和63年12月31日

1.5 死因

昭和期の頃の死因別統計を見ると、悪性新生物・脳血管疾患・心疾患が圧倒的に多く、特に悪性新生物による死亡が多い。
肺炎や結核は一時期減少していくが、昭和後期より肺炎は減少から一転し増加傾向を示す。

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引用:社会実情データ図録 主要死因別死亡率

1.6 火葬

大正時代の火葬率は、43%程度。多くはまだ土葬であった。 
特徴として、1915年(大正4年)、北海道・新潟・富山・石川・福井・東京・大阪・広島の各県では火葬率が60%であった。 
東京を除く関東・東北では火葬率は20%未満であった。 
このことは、上述の「檀家数による仏教地域分類図 (大正11年)」分布図が示す、西日本地域では浄土系が多く、東日本では非浄土系を示しているものと関連があるのではないか?

昭和63年頃になってようやく火葬率は60%程度になる。
主に西日本の方が火葬率は高く、東日本では火葬率が依然低い状態であった。

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引用:社会実情データ図録 tori003.jpg
引用:一般社団法人 火葬研

参考:日本火葬技術管理士会 火葬の歴史
 

1.7 葬儀

興味深い統計資料がある。
葬儀を親類や近隣の人たちに手伝ってもらったかどうかという統計であるが、昭和期の頃は業者に依頼することは珍しく、殆どが親類や知人に葬儀を手伝ってもらうのが一般的であった。

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引用:社会実情データ図録 葬儀を手伝った人

1.8 食生活

この時代の食生活は、1965年頃より米の摂取量が減ってきて代わりにパン食が増えてきた。
これ以降、日本人の米離れが進む。また、肉・魚介類・野菜・果物などの摂取量も増えてくる。
食事も和食から洋食化へ進んでいく。
 
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引用:社会実情データ図鑑 食生活の変化
 

1.9 進学率

昭和末期の頃の大学進学率は約40%程度。高校進学率は95%を超えている。

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引用:社会実情データ図録 高校大学進学率の推移

1.10 生活

  • 第二次世界大戦後の日本の景気は、どん底状態になり景気後退
  • 高度経済成長により復興を果たし、工業立国となっていく
  • 出生率が高かった。
  • 高校進学率が95%を超える
  • 使い捨ての時代
  • バブル経済の終焉
  • 自動車の広まり
  • 鉄道網の充実
  • 高速道路網の充実
  • 大型の郊外型店舗が増加、個人店が減少
  • 食生活の変化
  • 葬儀の変化

 

2 死生観の変化に影響を与えたこと

  • 第二次世界大戦(広島・長崎の原爆投下)
  • 第二次世界大戦の敗戦
  • 工業立国への始まりと終わり
  • 高校・大学への進学率が高まる
  • 医療の高度化による延命
  • 悪性新生物(ガン)による死亡増加
  • 火葬の広まりと葬儀の変化
  • 食生活の変化
  • 庶民に自動車が広まる
  • 高速道路や新幹線による移動時間の短縮
  • 葬式仏教による寺への依存が増加
  • 生活様式の変化と核家族化の増加

 

3 昭和時代の死生観

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4 参考文献

丸山久美子, 死生観の心理学的考察, 2004,聖学院大学論叢. 
辻本臣哉, 人間学研究論集, 2015, 人間学研究論集. 
上田賢治, 日本神話に見る生と死, 東洋学術研究, 通巻115号(27巻2号). 
井上克人, 日本人の他界観, 実存思想協会, 1998, 実存思想協会.  
清水徳蔵, 日中の死生観比較考 ー異文化への日中の対応比較ー』, 1998, 
竹村牧男, 日本人の宗教生活と仏教, 2015, 『国際井上円了研究』3(2015):133–144.
熊沢一衛, 現代日本人の死生観の形成 ―仏教の役割と提言―,2008,龍谷大学.
岸英司,日本人の死生観 -その宗教意識から-,頭頸部腫瘍 21(3)489-492,1995,
竹田恒泰,(2017), 『現代語 古事記』, 学研プラス. 
次田真幸,(1998), 『古事記(上) -全三巻-』, 講談社. 
 

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Created: 2018-09-13 Thu 11:33

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