死後の世界(1)

目次

1 はじめに

2017年11月に父が亡くなった。89年の人生であった。 
父が亡くなってから私自身の死に対する考え方というか認識が変わった。 
 
端的に「死後の世界は実在するか?」と問われれば「死後の世界は実在する」というのが私の認識である。 
世の中多くの人々も「死後の世界」が実在することについては大方コンセンサスを得ているのではないかと思う。 
「死後の世界」があるかないかという考え方一つとっても生き方が変わってくる。 
「生きるということ」と「死ぬこと」は表裏一体であり、今、「生きている」この時・この場所さえも実は異次元な世界なのかもしれない。 
 
死後の世界はどこか遠くの世界にあるわけではないと私は考えている。私たちの身近に死後の世界は実在するのである。 
たとえば、実家の仏壇の前でお線香をあげてお詣りしているときに父と繋がることがある。父からこれまでに何度となくメッセージを受けた。 
また、瞑想や入眠の際にうとうとして半分意識が遠のいている時なども同じである。 
 
父が亡くなって一番最初にメッセージを受けたのが葬儀が終わった翌日であった。 
「おかあさんを頼むな。心配することは何もないから。」というのが父からの最初のメッセージであった。 
私の場合、「つながる」時には大体ビジュアルな映像が浮かび上がり次に父からの言葉だけが伝わってくる。 
 
このような不思議なことを体験された方は私以外にも大勢いる。
ここでは、「死」というものと「死後の世界」、そして「現世の世界と死後の世界」について連載して行く予定である。 
今回は「死」についての概要を述べ次回以降に詳しい内容を掲載していく。 
 

2 死とは何か?

2.1 医学的な「死」

そもそもの話しであるが、「死」とは何か?と問われれば医学的にはおそらく以下の4つの条件を満たした時が「死」というものになるのである。 
 

  • 心拍停止
  • 呼吸停止
  • 瞳孔が開く
  • 機能停止

 
しかし、医学的には「死」そのものの判定は脳死判定など判断が難しい側面もあり、何をもって人間の「死」とするかという議論はこれからも続くであろう。 
 

2.2 人の「死」

人間は、 「物理的身体+エーテル体+アストラル体+自我」の4つから成り立っている ことはこれまでにもこのホームページ上(詳しくはこちらを参照)で述べてきた。 
現代医学で「死」と認めているのは「物理的身体」のみである。では、エーテル体・アストラル体・自我には死はないのかという疑問が生じる。 
別の言葉で言えば、エーテル体は生命力でありアストラル体は魂の力である。生命力が無くなることが「死」だとすればエーテル体も物理的身体の機能が停止した時点で消滅するのである。 
アストラル体は「魂の力」であるから消滅することはない。また、自我も物理的身体の消滅と共にリセットされる。 
 

3 死後はどこへ行くのか?

人が死ねば葬儀を行い火葬されお墓に埋葬される。この段階で物理的に残ったものは「骨」だけである。骨以外のすべてのものがこの現実界から消える。 
この現実界に存在していた人としての役割を終えるのが「死」であるとすれば、 魂どこへ帰るのか?  
上述したように人が死んだら残るのは「魂」だけである。この「魂」がどこか遠い世界にいくのではなく身近に存在しているような氣がする。 
 

4 仏教と「死」

これは賛否両論いろんな意見があって当然だと思うが、私は仏教の説く因果論や一念三千の世界観も多少なりとも理解しているが、どうにも自然ではなく所詮は人が作ったシステムの一つでしかない。 
それ故、葬式仏教的な金儲けのビジネスが横行している。例えば、江戸時代からお寺には檀家制度というのがあるが、檀家制度というのは僧侶が生計を立てていくための一つの手段でしかない。 
天国とか地獄とか善行を積めば天国に行けるとか甚だ可笑しい。誰か天国や地獄を見てきた人がいるのでしょうか? 
私利私欲に講じて庶民を惑わしているシステム(宗教)に本当の死が何かさえも理解できていないのではないだろうか。 
 
このように思うところがあって、お寺にはあまり行きたくないと思うようになった。 
お寺にこそ実は成仏できない 「見えない世界の方々」 が集まる場所になっていると考えるようになったのもその一つの理由である。 
 

4.1 真理

人間がこの現実界に生まれてきたのは何か?  
生きていく手段のために人は働き金銭を得、家族を作り、立派な家に暮らし、高級車を所有し幸せな暮らしをすることでしょうか? 
もし、これが真理であるとすれば人間はあまりにも空しい存在であると言わざるおえない。 
結局、モノに支配され物欲に惑わされ生きなければならなくなってしまう。 
 
真理は霊性1を高めること以外にないのです。霊性をたかめることこそ私たち人間がこの現実界に存在する唯一の理由です。  
 
その霊性を高める一つの仕組みが宗教であるとするならば、キリスト教・イスラム教・仏教などという宗教に依存することになってしまう。 
しかし、何にも依存せずに 自身の霊性を高めることこそが人それぞれの課題 でもあるのです。 
天台・親鸞・弘法大師なども結局のところ自身の霊性を高めるために様々な論を説いたが、結局のところ 「内なる神(仏)」 に帰着するのである。 
それが大衆から観たときには「教えを学べば幸せになれる」と錯覚することこそが誤りなのである。 
 

4.2 霊性を高める

霊性を高めるということは「内なる神」に気付くかどうかで変わってくる。 
一生このことに気付かずに亡くなると現世での執着だけが残り、その念いは永遠に続くことになる。 
これについては連載で詳しく解説する予定。 

5 ホームページについて

このホームページは、うつ病の精神治療法を研究するための私自身のためのサイトです。私自身が覚えることが苦手、且つ、忘れっぽい性分なので備忘録として主に以下の内容のものを扱っています。どこにいてもこのホームページを閲覧することができるようにという目的でこのホームページを作りました。
 
 
ホームページの作成には、Emacs 25.1.1 を使い org-mode により HTML を生成しました。Emacs を使った理由として、Mac , Windows , FreeBSD などOSを問わずに編集出来ること、また、日頃の文書作成も Emacs を使っているため慣れ親しんだツールを使うことが何よりも使い易いためでもあります。このホームページは、大学、大学院で学んだ事柄を中心に私自身が日々の研究のために忘れないようにするための私自身の備忘録、或いは雑記帳の様なものですので、記載されている事柄について十分な確認や検証をしたものではありません。
 
 

  • 患者様のための情報提供サイトではありません。
  • 医師、看護師、その他の医療従事者のための情報提供サイトではありません。
  • 研究者、大学教職員、大学院生、学生のための情報提供サイトではありません。

 
 
したがいまして、このサイトは私のためのネットノートなので、読みにくかったり誤りもあるかもしれません。
その際はご指摘いただけると嬉しく思います。
このホームページに掲載している図表、画像、文章に関しての転載、複写は自由ですが、いかなる結果が生じても責任を負えませんことを予めご承知おきください.
 
 
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[2017-03-06 Mon] org-mode のバージョンが 8.3.6 から 9.0.5 へバージョンアップしました. 
 

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
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脚注:

著者: Satoshi Takemoto Satoshi Takemoto

Created: 2018-08-21 Tue 12:36

Emacs 26.1 (Org mode 9.1.6)

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