心理療法(1)

目次

1 はじめに

ここでは、心理療法について述べる。なお、心理療法の概要については、本章で述べる。

2 メニュー

項目 概要
初回面接  
成人の場合のアセスメント  
子供の場合のアセスメント  
連携  
セラピストによる問いかけと語りかけ  
セラピストとクライアント  
緩和ケア  
意識と無意識  
箱庭療法  
家族面接  
思春期と心理療法  
夢と癒し  
心理療法と夢  
コンステレーション  
面接と記録  
スーパーヴィジョン  
   

3 クライアント と セラピスト

心理療法とは基本的にクライアント と セラピスト によって構成される。クライアントは、自身あるいは身近な人間が抱える実に様々な臨床心理学的症状や問題の解消・解決を求めてセラピストを訪れる。クライアントもセラピストも個人単位であることが多いが、場合によっては、クライアントは数名から10名内外のグループを構成することもある。ここでは主に個人心理療法に焦点をあてる。
 
セラピストとは、基本的に大学・大学院で臨床心理学を学び、臨床心理士資格を取得した後、それぞれの立場の心理療法に関して長期的な研修を受けた者であることが望まれている。日本では法整備が不十分であり、必ずしもこのようにはなっていないのが現状である。

4 クライアントの抱える臨床心理学的症状と問題

あらゆる問題を抱えてクライアントはセラピストを訪れる。
以下のような症状や問題を扱う。
 

4.1 精神医学的諸症状

  • 不安
  • 脅迫傾向
  • うつ
  • 社会恐怖
  • 摂食障害

 

4.2 家族内の心理的諸問題

  • 虐待
  • ドメスティック・ヴァイオレンス (DV)
  • 家系的しがらみ
  • 数世代にわたる「家」の問題

4.3 学校における諸問題

  • いじめ
  • 教師の暴力
  • 子供たちの暴力
  • 個人と組織の問題
  • 対人関係の問題
  • 不登校
  • ひきこもり

4.4 職場における諸問題

  • いじめ
  • 同僚や上司との対人関係
  • 異性・同性との対人関係
  • 業績、評価をめぐる葛藤
  • 倫理をめぐる葛藤
  • 職場と個人の葛藤

4.5 性・セクシュアリティにかかわる問題や困難

4.6 社会的マイノリティにかかわる問題

4.7 心理的外傷経験

4.8 犯罪や事件、災害被害経験

4.9 死、近親者の死、看取り

4.10 認知症、身体・知的・精神・発達障害など

 

5 心理療法の器

さまざまな臨床心理学的な症状や人間として生きてゆくうえでの難しい心理的問題を抱えてやって来られるクライアントと、これを迎えるセラピストが一定の「器」の中で出会い、以後、心理療法の終結に至るまでのプロセスは、基本的にすべてこの「器」の中で進行することであると表現することができる。
 
心理療法の「器」とは、「面接室」や「プレイルーム」といった物理的空間だけから構成されているのではない。
 
心理療法の一つの特徴は、 セラピスト自身もまた、この「器」を構成する。 そして、実はもっとも重要な要素の一つといえる。どのような研修をどの程度受けたセラピストであるのか、どのようなパーソナリティ・個性・カラー・タイプのセラピストであるのか、どのような人生を経て来たセラピストであるのかといった違いは、心理療法の「器」そのものを特徴づけるものとなると言ってもよい。

5.1 環境

箱庭療法の創始者カルフ(Kalff, D. M.)の言葉であるが、 「物理的・心理的」に「自由で、保護された空間」 が保障されると、そして、 クライアントの心身の訴えに耳を傾けるセラピストが存在すると、クライアント、あるいは、クライアントの心身は、少しずつではあっても自らを表現しはじめることになる。

5.2 セラピストの姿勢

「自由にして、守られた空間」 とは、面接室という物理的空間があるだけでは無意味であって、日常世界・世間では否定的に評価されがちの事柄が語られ始めても耳を傾け続けるセラピストが存在して、初めて意味を持つことになる。
クライアントによって語られ、表現される理不尽なこと、無惨なこと、陰惨なこと、悲惨なこと、圧倒的なこと、生々しい事件、悲哀、抑うつ、無気力、暴力、死、病、狂気その他、非日常、非尋常なことに耳を傾け続けることは、もちろんセラピストにとってもはなはだ困難な営みである。
 
だからこそ、世の中の人々はこのような世界が暗示されたり語られたりすると、ほとんどたちどころに、以下のようなことを言う。
 

  • 「いつまでもそんなこと言ってないで前向きに考えよう」、
  • 「プラス志向でいこう」、
  • 「過去はもう置いておいて、これから先を見たほうがいいと思う」

これらの「非日常・日尋常なこと、病的なこと」を伝統的、あるいは科学的とさえ思われているさまざまな方法によって、いわば「無きものにしよう」、「除去しよう」と試みることが多いと言える。 
 
これに対して、セラピストという存在は、圧倒的に「非日常、非尋常なこと、病的なこと」に批判やブレーキをかえることなく、耳を傾け続ける。自らの心身をもって受けとめ続ける。そのためにこそ、心理療法の学びや研修というものがあると言える。
 

6 心理療法 と 個性

6.1 心理療法の基本

「クライアントの心身が訴える声に耳を傾けること、セラピストの心身で受けとめること」と表現できる。
「器」の中でセラピストがこのような姿勢で耳を傾け続けていると、クライアントないし、クライアントの心の世界は自らを表現しはじめる。セラピストはこの表現を見守り、受けとめ続けることとなる。

6.2 心理療法のプロセス

心理療法の各学派や各方法論、オリエンテーションは、それぞれかなり異なる見解を示している。そして、心理療法を本格的に論じるにあたっては、このそれぞれのオリエンテーション、それぞれの視点への言及を抜きにしては大きな困難があるという事実がある。
 
科学性、客観性こそが、臨床心理学が構築を目指す「臨床の知」と深くかかわっていると言える。純然たる「対象」というものがあらかじめ存在し、主観や個人的関心といったものとは「距離」をとった「観察者」が「対象」を実験的手法なり、測定機器なりを通して「客観的」に観察、分析することこそが「科学的」であると考えられた時代が、近代以降長く続いた。しかし、最近になってようやく、そのような姿勢は一つの視点にすぎないものであって、また、「科学的」と思われてきた「観察」が、観察者の主観の影響を強く受けたものであること、観察者の「視点」によって、観察される「対象」も異なる姿を見せることも明らかになりつつある。
 

6.3 心理療法学 と 個性

現代心理療法の一つの柱とみなされる精神分析学は、その創始者フロイト(Freud, S.)という人間なくして語ることはできない。同じように分析心理学(ユング心理学)的心理療法はユング(Jung, C. G.)という人間の存在なしに語ることはできない。そして、もちろん、ロジャーズ派カウンセリングもロジャーズ(Rogers, C.)という人間がいなければ成立することはなかった。
 
現代心理療法創始者たちのきわめて独自の個性がなければそれぞれの心理療法は成立しなかった。但し、それでは、このそれぞれの心理療法は、フロイトやユング、あるいはロジャーズという個人だけに通用するものであるかと言えば、そうではないことはその後のそれぞれの学派の発展を見れば明らかである。ここに一つの人間のこころの本質的不思議があると言える。人間に関する学、とりわけ心理療法学というものは、その学にかかわる個人の存在を必ず必要としている。そして、それぞれの心理療法学は、同時に人間の普遍性ともつながりを持つものである。
 

 

7 引用文献

著者: Satoshi Takemoto Satoshi Takemoto

Created: 2017-05-11 木 23:13

Emacs 25.1.1 (Org mode 9.0.5)

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